生まれながらに持つ子供の生きる力。

我が家の娘は幼少期は非常に臆病で、大きな音・水(頭を洗うのも大変でした)・自転車は年下の子に笑われるまで補助輪付き・指しゃぶりも小学生低学年で妻の実家で馬鹿にされるまでと全てが奥手でした。

それは強制しないことを原則に、娘の自らの意志を尊重し、生まれながらに持っている生きる力みたいなものを信じていたからです。

性的知識も、幼稚園に通う頃『私は何処から生まれたの?』と聞かれたので正直に、お父さんが好きなお母さんと肌を寄せ合うと幸せな気持ちになって・・・・と話し、その結果あなたがお母さんの女性器から生まれたと話した時『あんな臭いところから!!』と言った時は『誕生その瞬間の神秘性』も話しました。

そしてあなたは生まれたくない選択も親も時代も選ぶことができないで生まれて来たのだから、『どう生きるか? は自分の好きなように決めるんだよ』と話し、お父さん達には快楽の代償として社会に出るまであなたの気持ちを尊重する責任を果たすように努力しますと言いました。 

その後、沢山の出来事が有りましたが小学校入学から二年間は、水が恐いとプール学習を嫌がったので、じゃあ連絡帳に嘘の理由を書いてあげると言い、その連絡帳を渡すたびに『その気になったら言ってね、お父さんが一ケ月でクロールを100m泳げるようにしてあげる』と言っても『やだー』と言っていました。

妻はこんな嘘を続けてもいいの? と娘が寝てから聞いたので、あんな蒸し暑いプールで見学する事を六年間も続けられたら、それはそれで立派な根性だよと話ました。

しかし三年生の春に『あんな所で見学するのと嘘つくのが嫌になった』から泳ぎを教えてと言って来ました。

長年待っていた言葉に、すぐ電話の子機を取って『お母さん、今日から毎日閉店後プールに行くので、夕食は八時半です』と言うと、『今日から?』と娘が言うので『今日から毎日でーす』と言って決定でした。

何事も本人がその気にならないと、それに伴う責任を自覚して頑張らないものなので待ち続けた甲斐がありました。

どの子供も持っている子供の生きる力を信じていましたが、一ヶ月半後の定休日に家族三人で厚別プール行き、娘がクロール六百mを続けて泳ぎ切った時、私が親になったからこそ出来た本当の忍耐を、娘が私に授けてくれたことを実感しました。